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中国残留孤児訴訟判決

東京地裁が「中国残留孤児訴訟」に原告の損害賠償請求を棄却した。
前回の神戸地裁判決と反対の判決が出された。
安倍総理には、この判決にホッとして欲しくない。
そもそもこの残留孤児問題は、裁判で争う問題ではない。
政治解決する問題なのだ。今こそ安倍総理の決断が必要なのだと思う。
それが出来ないなら、総理でいる意味がない。
是非総理には英断を下して欲しいと私は思う。

私は、昭和26年に中国で生まれた。当時、国交の無い中国で生まれるという極めて稀な現実を体験したものとして、一言申し上げたい。
私の両親は終戦を満州で迎えた。父は陸軍の衛生兵で、母は日赤の従軍看護婦だった。共に戦後の混乱の中、蒋介石の国民党と毛沢東の八路軍の国共内戦に巻き込まれ、八路軍の後方支援病院の医療技術者として、抑留され、8年も帰国が適わなかった。

その父が、言っていた、

「自国の国家主権が及ばない所で、生きて行く事がどれほど惨めな事か、経験したものにしか理解できないだろう。」

そんな気持ちで、父は残留孤児問題に対処してきた。
初めの頃は、体験的に残留孤児が生まれた経緯を知る人がたくさん居たが、
いまは全くなくなってしまった。
「当時はどこに居てもみんな苦労した。」と言う人がいるが、
日本と言う自分の国に居るだけで安心感がある。

私の両親は結果的に8年で帰れることになったが、
当時は、いつ帰れるか全く分からない。
帰りたいと熱望しながらも、それが適わない。
そして、生涯帰れないかも分からないと言う不安感と絶望感。

大人でさえ大変な事だった。まして、年端もいかない子供が、
戦後の混乱、中国の文化大革命とどうやって生き延びたのか、
奇跡としか言いようが無い。

昨日の衆議院第2議員会館の会議室で開かれた集会で、
斉藤さんと言う孤児の一人が訴えていた。

「私は、一生懸命働きました。私は、怠け者ではありません!」

この言葉が、今も耳を離れない!
中国残留孤児問題は、政治判断をする時が来ている。

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