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突然の死

12月7日午後11時25分。義母が亡くなった。
この日の午後4時ごろ、家内からメールで「母の風邪の具合が悪いので様子を見に行ってきます。」とのメールが入り、私は、年寄りの風邪は肺炎が一番怖いから注意するようにメールを送った。姫路での会合に向かっていた私は、胸騒ぎを覚えながらも身動きがとれず西向きの「のぞみ」に身を委ねるしかなくイライラしていた。姫路の会合を中途で失礼して、東京に戻る新幹線に飛び乗ると、間もなくメールが入ってきた。「肺炎の心配はありません。」との事。顔文字の入った家内のメールに、逆に不安感が募った。東京に着き、タクシーに乗ると、娘からすぐに厚生年金病院に来るように連絡が入った。

病院に着くと突然言われたのは、心停止して心臓マッサージをしてますが、血圧が下がったままとの事。主治医の目は死を告げていた。風邪だとばかり思っていたのが、いきなり臨終とは・・・。主治医の説明を聞くと心筋梗塞ではないか?とか心筋の破裂?とか訳の分からない事を言う、夕方まで入院するほどではないですが、安全を期して入院しますか?と言う患者が急に臨終とは・・・。寝耳に水というか寝耳に大洪水といえる驚きだ。信じられない現実に家内も娘も、涙ながらに私の顔を見るがどうしようもない。づっーと一緒に生活していた息子は、手を握り泣きながら声をかけている。意を決して、主治医に「もう駄目でしょうか?」と尋ねると「自発呼吸もありませんし、瞳孔も拡散しています。」との事だった。やがて義母の体に繋がれていた機器が取り外された。「残念ですが亡くなられました。11時25分です。」と主治医に告げられた。

思えば、義母にも随分助けて頂いた。父の時代から選挙になると1ヶ月以上、子供たちを預ってもらうのが常だったが、いつも気持ちよく預かってくれた。落選中も愚痴ひとつ言われる事なく、黙って応援してくれていた。最近も元気に好きな水泳に通い、友達と旅行に言ったりして、私たち夫婦には何も無理を言うことなく、元気でいる事が最大の協力とばかりに、孫たちの食事の世話をしてくれた。なぜもっと家内に親子の時間を作ってやれなかったんだろう?家内に任せてばかりで、もっと自分から感謝の気持ちを伝えておけば良かった。思えば、義母の好意に甘えてばかりいた自分に気づかされ、後悔の念ばかりが湧き上がる。

戦後間もない昭和24年、義父は雪深い山形の無医村で医療活動をしていた。当時、山形では雪が降ると馬橇も動かなくなるほど雪が積もったそうで、そんな中でも急患が出ると歩いて往診していたそうです。患者の家族中には、橇を担いできて、義父を乗せて行こうとする人が居たそうですが、義父は人の引く橇に乗れる訳が無いといって、雪の中歩いて往診したそうです。その頃のヒューマニズム溢れる話を聞いたとき、義父の事ばかりが印象に残ったのですが、いま義母の事を考えると義父のそばで、就学前の小さな子供を二人抱えて、東京生まれの義母が雪国で悪戦苦闘する姿が、脳裏に浮かんでくる。平成12年に義父を送り、その後、頼りの長男を亡くしながらも、淡々と愚痴も言わずに最後は、誰にも迷惑を掛けずその人生を全うした義母の姿に涙が止まらない。
感謝の念と共にご冥福を祈るのみです。

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