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人道に対する罪

年末の挨拶回りと忘年会とで12月のブログはご無沙汰していました。申し訳ありません。昨日、イラクのフセイン元大統領が「人道に対する罪」で死刑判決がでて僅か4日で早くも処刑されました。「人道に対する罪」と聞いて脳裏に浮かんだのは、東京裁判のA級戦犯の事です。先日、私の内閣委員会での「国際極東軍事裁判に関する一切の資料を公開するように!」という質問に対して、若干の紆余曲折が有ったものの原則公開する旨の発表が有りました。来年も、遺棄化学兵器、東京裁判関連について怯むことなく追究して参ります。皆さんもフセイン元大統領の処刑を契機にもう一度、東京裁判について考えて欲しいと思います!皆さん良いお年をお迎え下さい!
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中国残留邦人対策予算

 平成19年度予算の内示があった。厚生労働省予算の中に「戦傷病者・戦没者遺族、中国残留邦人等の援護等」という項目に490億円とある。さらに細目に下記のような記述がある。

 中国残留邦人等の支援                   18億円
  〇中国帰国者あんしん生活支援計画の実施       4.2億円
    帰国した中国残留邦人等の高齢化等を踏まえ、日本語の習得、地域社会へ の適応、2世、3世の就労支援等のきめ細かな自立支援の取り組みを推進する。
    ・「地域生活支援プログラム」の実施
    ・自立指導員の永続的派遣(派遣年限撤廃) 等

 神戸地裁の判決後、安倍総理が手厚い支援策を考えるよう支持があったと新聞報道がなされたが、その結果の予算なのだろうが、残留孤児の皆さんが望んでいるのは、「お金」なのだと言っていた。2世3世は日本社会に溶け込んでいるとも言っていた。因みに、18億円の中国残留孤児支援予算をすべての孤児2500人に割り振ると約720,000円になる。18億円の予算の内自立支援に関係する人件費は幾らになるのだろうか?政府としては、なかなか現金を配る事はしたがらないが、ほとんどが70歳を超える孤児の皆さんを見ていると「地域支援プログラム」がどれほどの効果があるのか、空しく思えてくる。

 かつて、マザー・テレサ女史が人として、最も悲しむべき事は、誰からも関心をを持たれず無視される事だと言う事を言っていた。沈み込んだ孤児の皆さんの姿は、「思いやり」と言う「心」を失くしてしまった現代日本人の姿が投影されているように思えてならない。

中国残留孤児問題


こんにちは!戸井田とおるです!
神戸地裁で「勝訴判決」を獲得してから、今日までに二組の「中国残留孤児」の皆さんが尋ねてこられた。二回とも偶々議員会館の部屋に居るときだったので、会う事が出来た。一日の中で議員会館に居る時間というのは1時間程しかないのに、二組ともゆっくり時間が取れ、話を聞く事が出来た。と言ってもたどたどしい日本語で多くを語れないもどかしさがあるのだろう、一言二言いうと詰まり俯いてしまう人もいた。

実を言うと、私のHPの経歴を見ていただくと分かるのだが、昭和26年に中国で生まれた。両親は中国の東北部(旧満州)の「孫呉」というソ連との国境に近い町で終戦を迎えた。経緯は省略するが、混乱の中で、蒋介石の国民党軍と毛沢東の八路軍の国共内戦が始まり、日本軍の衛生兵だった父と日赤の従軍看護婦だった母とは医療技術者として、八路軍の後方支援病院で留用され、結果8年後の昭和28年の夏の終わりにやっと帰国することが出来た。その間に私や2歳上の兄が生まれたのである。

 この中国残留孤児問題は、国策の結果と言う事を考えれば国の責任を問われて当然だと思う。厚生労働省の中国残留孤児対策室の人は「シベリヤ抑留者」とのバランスとか、内地に居ても空襲で人も亡くなり、受けた苦労も一緒でそこまで保障は出来ないと言うが、ほんとにそうだろうか?父がよく言っていたことだが、「国家主権の及ばないところで、いつ帰れるか全く分からない中で生活する事がどんなに惨めなつらい事か経験した者でないと分からない。」まして、小さな子供が、冬になると氷点下20度にもなる凍土の街で良く生き抜いてきたものだと思う。事実多くの人たちは死んでいった。数奇な運命を辿り、「幸運にも」とは言いがたいが、生きて帰国を果たしながら、苦しい生活を余儀なくされる。想像すると胸が痛くなる。

 私の両親の場合は、結果的に8年で帰国する事が出来たが、いつか帰れるのか、帰れないのか全く分からない。天涯孤独の現実の生活の中で「日本鬼子」蔑まれ、怯えて生き続ける日々を考えただけでもゾーッとする。遺棄化学兵器問題で297億も使うならその金を残留孤児問題に使えば、一気に解決できる。私は、安倍総理が、小泉総理の「ハンセン病訴訟」の時のように「極めて異例なことであるが原告の年を考えて控訴しないことに決定しました。」とやってくれるものと思っていた。議連に働きかけていこうと思う。

戸井田とおる
http://www.toidatoru.com/

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日本の前途と歴史教育を考える会


歴史教育における図書館の 資料訂正について、中川政調会長に陳情していましたが遂に議員連盟がたちあがりました。今日は所謂従軍慰安婦問題から議論しました。

突然の死

12月7日午後11時25分。義母が亡くなった。
この日の午後4時ごろ、家内からメールで「母の風邪の具合が悪いので様子を見に行ってきます。」とのメールが入り、私は、年寄りの風邪は肺炎が一番怖いから注意するようにメールを送った。姫路での会合に向かっていた私は、胸騒ぎを覚えながらも身動きがとれず西向きの「のぞみ」に身を委ねるしかなくイライラしていた。姫路の会合を中途で失礼して、東京に戻る新幹線に飛び乗ると、間もなくメールが入ってきた。「肺炎の心配はありません。」との事。顔文字の入った家内のメールに、逆に不安感が募った。東京に着き、タクシーに乗ると、娘からすぐに厚生年金病院に来るように連絡が入った。

病院に着くと突然言われたのは、心停止して心臓マッサージをしてますが、血圧が下がったままとの事。主治医の目は死を告げていた。風邪だとばかり思っていたのが、いきなり臨終とは・・・。主治医の説明を聞くと心筋梗塞ではないか?とか心筋の破裂?とか訳の分からない事を言う、夕方まで入院するほどではないですが、安全を期して入院しますか?と言う患者が急に臨終とは・・・。寝耳に水というか寝耳に大洪水といえる驚きだ。信じられない現実に家内も娘も、涙ながらに私の顔を見るがどうしようもない。づっーと一緒に生活していた息子は、手を握り泣きながら声をかけている。意を決して、主治医に「もう駄目でしょうか?」と尋ねると「自発呼吸もありませんし、瞳孔も拡散しています。」との事だった。やがて義母の体に繋がれていた機器が取り外された。「残念ですが亡くなられました。11時25分です。」と主治医に告げられた。

思えば、義母にも随分助けて頂いた。父の時代から選挙になると1ヶ月以上、子供たちを預ってもらうのが常だったが、いつも気持ちよく預かってくれた。落選中も愚痴ひとつ言われる事なく、黙って応援してくれていた。最近も元気に好きな水泳に通い、友達と旅行に言ったりして、私たち夫婦には何も無理を言うことなく、元気でいる事が最大の協力とばかりに、孫たちの食事の世話をしてくれた。なぜもっと家内に親子の時間を作ってやれなかったんだろう?家内に任せてばかりで、もっと自分から感謝の気持ちを伝えておけば良かった。思えば、義母の好意に甘えてばかりいた自分に気づかされ、後悔の念ばかりが湧き上がる。

戦後間もない昭和24年、義父は雪深い山形の無医村で医療活動をしていた。当時、山形では雪が降ると馬橇も動かなくなるほど雪が積もったそうで、そんな中でも急患が出ると歩いて往診していたそうです。患者の家族中には、橇を担いできて、義父を乗せて行こうとする人が居たそうですが、義父は人の引く橇に乗れる訳が無いといって、雪の中歩いて往診したそうです。その頃のヒューマニズム溢れる話を聞いたとき、義父の事ばかりが印象に残ったのですが、いま義母の事を考えると義父のそばで、就学前の小さな子供を二人抱えて、東京生まれの義母が雪国で悪戦苦闘する姿が、脳裏に浮かんでくる。平成12年に義父を送り、その後、頼りの長男を亡くしながらも、淡々と愚痴も言わずに最後は、誰にも迷惑を掛けずその人生を全うした義母の姿に涙が止まらない。
感謝の念と共にご冥福を祈るのみです。

国歌「君が代」の力


こんにちは!戸井田とおるです!
ここのところ宿舎のパソコンの調子が悪くて、まったくパソコンの知識に乏しい私としては、立ち往生していたのですが、思い切ってリセットとコンセントを差し直すと、果たせるかな見事に動き出しました。
ところで、今日のタイトルの『国歌「君が代」の力』なんて題を思い付いたかと言えば、昨晩宿舎に帰って、何気なくテレビを点けるとアジア大会のサッカー「日本ー北朝鮮」戦が始まろうとしていた。「君が代」が演奏され日本人選手一人一人の顔が順番に映し出された。驚いたことにというか、今の時代を考えると、当然の事かも知れないが、「君が代」を歌っている選手は2~3人だった。それも、口をパクパクと言うほど開けてれば良いのだが、唇がかろうじて、動いているだけであった。それとは対照的に北朝鮮の選手は間違いなく全員北朝鮮の国歌を歌っていた。それも大きな声で歌っているのが、取材のビデオカメラを通じて耳に入ってくる。
この光景を見ただけで、私は勝負はあったとと思いチャンネルを変えてしまった。
朝、新聞で確認すると、思った通り「1-2」で負けていた。新聞の見出しは「日本屈辱リーグ戦敗退」となっていた。
以前、川渕会長が自民党の部会に来てサッカーのテクニックだけでは勝てない、人間教育が大切だというようなことを言っていたが、日本代表選手は監督が率先して「君が代」を大きな声で歌えるようになったら、国際大会でも勝てるようになると断言できる。私が、保証します!川渕会長!是非やらせてください!

戸井田 とおる
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退院


こんにちは!戸井田とおるです!
写真に一緒に写っている方は、朝枝政人さん。父の代から応援していただいている後援者の方です。いつも自転車で姫路中を走り回り、自民党の機関紙を知り合いの方に配って回っていただいたり、私の宣伝をしていただいたりと大変お世話になっております。ところが、8ヶ月前に交通事故に遭われ、命に別状はなかったものの8ヶ月もの間、ずっと入院されてらっしゃいました。今日は、全快した旨をわざわざ事務所に報告に来て下さいました。体格的には少し痩せられた様子でしたが、事故前と全然変わられない様子にホッといたしました。また、自転車で走り回る朝枝さんの姿が拝見できそうです。しかし、この朝枝さんは、なんでも感謝!感謝!で自分の反省ばかりほんとにいい方なんです。事故のとき「怒鳴ってしもうたけどあんなこと言わなぁ良かった。」と反省しきり、78歳にして3ヶ月寝たきりでいて歩けるようになったのは、こうした謙虚な姿勢がそうしているのかもしれませんね。でも、朝枝さん!事故には気をつけてください!
戸井田 とおる
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