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遺棄化学兵器質問のその後

最近、5月12日の衆議院内閣委員会の質問以来、多くの皆さんから「その後どうなった?」との質問を受ける事が多くなりました。この場を借りて、現在の状況をお話させていただきます。
 内閣委員会での安倍官房長官の一言は大きかったと思います。おかげで山谷えり子内閣府政務官も現地に足を運んで頂けたのですが、資料の所有者である、全国抑留者協会の故斉藤六郎氏の未亡人との交渉が難航しているようです。(正式にも、内々にも、私のところには何の音沙汰もありません。)
 行政は行政で、動いているようで、中でも行動が早かったのは法務省でした。国家賠償の問題を抱えているらしく、すっ飛んで行ったのですが、見るべきものは無かったと退散してきたようです。外務省も内閣府遺棄化学兵器担当室が出かけたようですが、何も見つけられなかったようで、私のところには何も報告がありませんでした。彼らは、何を見て来られたのでしょう。官庁という所に居ると世の中のごく当たり前な常識もわからなくなるのでしょうか?彼らが偏狭な官僚のエゴに凝り固まり、自分の事しか考えていないから成果が得られないとしか思えません。
 私が質問の中で申し上げたのは、武装解除の資料のみならず、終戦前後の歴史的に重要と思われる貴重な資料が数多く含まれているようだと申し上げたのですが、残念ながら外務省も内閣府も解っておられないようです。仕方なく私は水間政憲氏と相談し、水間氏に山形に飛んでもらいました。果たせるかな水間氏は、歴史的にまだ表に出たことの無い、幾つかの資料を携えて帰られました。
 彼は、いずれ「正論」の9月号あたりで公表される事と思います。また、別ルートからも遺棄化学兵器に関する、担当室の責任者の顔が青ざめるような資料を手に入れていました。やる気のある人と無い人の違いが出たようですね。残念ながら、水間氏との信義上、まだここでは公表できませんが9月になったら、資料を確認して、改めて質問の時間を求めて行きたいと思います。
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北朝鮮問題

今朝、日課の靖国神社参拝に行こうと5時に起床し、テレビのスイッチを点けたところ、北朝鮮が複数発のミサイルを発射したとのニュースが報道されていた。元々、まともに話の通じる相手ではないことはわかっていたが、こうした暴挙に出たことに大変憤りを感じる。こんな行動を起こしたからには、日本政府としても何らかの制裁に出ることは確実だろうし、国連からも何かしらアクションが起きるだろう。北朝鮮にしてみれば、このまま退いてしまうとなし崩し的に崩壊してしまうという危機感があったのかもしれないが、今回の行動は自分で自分の首を絞める結果にしかならないだろう。
 日本は、第二次世界大戦後、戦争とは無縁の国家であり、いつの間にか「安全と水と空気はタダ。」と思いこむようになってしまった。マスコミも防衛力の議論になると過去の戦争や福祉優先を引き合いに出し、暗に批判的な論調に終始してきた。今回、日本政府が北朝鮮に対してとった行動に「まだ甘い。」という声が聞こえてくる。しかし、戦前の日本と現在の北朝鮮の状況にも雲泥の差はあるが、かつて日本はABCD包囲網を敷かれ、否応なく戦争に突入せざるを得なかった事を私たちは知っている。戦後、日本人が毅然とした態度を取らずに曖昧な対応を続けてきたことにも責任の一端はあろうかと思う。北朝鮮に対して甘い対応をしろと言うつもりは毛頭ないが、これから政府は追いつめない程度に毅然とした態度をとるという難しい舵取りを政府はとっていかなければならない。そして、国民もひとりひとりが国に関心を持ち、考えていかなければならない時代になったのだと改めて思う。

お別れ

当選以来、月曜日早朝に続けてきた将軍橋の辻立ちを7月3日はお休みさせていただきました。皆さんもご存じの通り、7月1日に橋本龍太郎元総理が亡くなられ、2日にお通夜、3日に葬儀ということで上京していたためでした。通夜の席で、生前中同様のあのリーゼントの姿を見たとき、堰を切ったように涙がこぼれて止まらなくなりました。橋本先生は私にとって、政治の道における父の盟友であると同時に仲人親でもありました。思えば、いろいろありました。私の知りうる限りでは、人には絶対に弱味を見せることはありませんでした。そして、人には優しく自らには厳しい政治家であったと思います。私も厳しくご指導を頂きましたが、お願いしたことが叶わないと思って諦めていると「約束だからな!」と言って実現してくださいました。今は感謝と共に心からのご冥福を祈るのみであります。
今回の総選挙では83人の小泉チルドレンが誕生しましたが、私が初当選した時は、橋本チルドレンの一人でした。考えてみますと今日の小泉改革は橋本先生が手をつけられた行政改革の下地があったからこそ、ここまでの大改革を推進することができたことは言うまでもありません。終始、孤高の政治家を貫かれた先生、おそらく、今頃先に待っている父とゆっくり語り合っていることと思います。「橋本先生、本当にありがとうございました!」

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戸井田 とおる

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こんにちは!戸井田とおるです。私の日常の出来事や気に留まったことを綴るブログです。一生懸命更新して参りますので、応援よろしくお願いします!!

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